三重県津市の小劇場・津あけぼの座/四天王寺スクエアのホームページです。

劇団太陽族「トリビュート」関連企画鼎談


劇団太陽族公演
「トリビュート」
~4つの楽曲から着想する短篇集~
作・演出 岩崎正裕

今回の公演は、大阪~三重~長崎を公演。
そこで、三重・長崎のそれぞれの劇場主である
油田晃さん・福田修志さんが
岩崎さんと鼎談を行いました。

『奇跡の出会い』


(左より油田・岩崎・福田)

油田 今回の劇団太陽族の公演はですね「トリビュート」という作品を3都市ということで、大阪・ウイングフィールド、三重・四天王寺スクエア、そして2018年に新しくできた長崎のアトリエPentAをまわるツアーとなっています。私と福田さんは岩崎さんを介して「奇跡の出会い」(笑)をしているので。まずはその話から
岩崎 いやいや
福田 ある種
岩崎 ある時期に。二人はそんなに年齢違わないんだよね
福田 そうですね
油田 僕が二つ上になるんですかね
岩崎 だからある時期に両方と知り合った訳ですよね、僕は。長崎で市民参加劇を作っていて、福田さんと繋がりができ、三重県文化会館でも演劇塾というのがあって油田さんにもついてもらって、で、お互い「こういう人がいるんだよ」という話はしてたんだよね。「長崎に福田さんというのが居て」「三重に油田さんというのが居て」「へええ」って。それがどっかで繋がりを持つんだよね、二人がね。
油田 あの、三重県文化会館の近くのマンションに福田さんの所の元劇団員の人が住んでたんですよ。で、うちのやってる戯曲講座に講座生として申込みがあったんです。その時に「私、実はフーズの・」って言われて「あ、福田さんの?」って、向こうは驚いちゃって、まさか三重で福田さんを知っている人がいるとはみたいなことがあって、で、その後、岩崎さんに電話をするんですよ、僕。
岩崎 そうなの!
油田 「岩崎さん、福田さんってどんな方ですか?」って聞いたら、岩崎さんが「偶然!さっき福田さんから『油田さんってどんな人』って?」
福田 三重県文化会館で「マチクイの諷」(1)を上演することになって、三重県文化会館の松浦さん(2)と話をしていた時に、「油田さんという人が居るから会ったらどうだ」的な話があって
油田 で、福田さんと実際に生で出会うのは、長久手の劇王(3)ですよね
福田 そうですそうです
岩崎 あそう
油田 劇王の九州代表で福田くんが出た時に
岩崎 あの良いところまで行った奴だ。あと一歩で金メダルだった奴ね(4)
油田・福田 そうそうそうそう
油田 その時に「やっとお会いすることができましたね」と。
福田 その前にメールでやりとりしつつという感じで
岩崎 でも、後にも先にも遠く離れた人に「あの人どういう人?」っていうのがさ、こう両方から聞くっていうのがさ、僕の長い演劇人生の中でも初めてで(笑)
しかも両方男(笑)。男が男のことを聞いてくる仲人的なことをやるっていうのは初めてだったなあ。それからですよね、行き来が始まったのは
福田 そうですねえ
油田 その時に福田さんの所のポケットシアター(5)はあったんですか?
福田 もうやってますね
油田 ちょうどその頃うちは津あけぼの座が3年目か4年目
岩崎 だから両方の劇場があるよって言って、見に行って「良い空間だねえ」って言ってて、スペース的にもキャパシティが似ているんだよね、あけぼの座とねポケットシアターは。三重で公演したらあけぼの座も見に行ってとかいうことがあって、「繋がれば良いのにねえ」という話はありましたけど、民間同士で繋がるってなかなか難しかったんだよね、まだ
油田 そうですねえ
岩崎 でもあれでしょ、マチクイで繋がり、その後
油田 マチクイがあって、リーディング企画の安部公房「人間そっくり」のリーディング公演(6)を長崎でやらせてもらって、で、その後M-PAD(7)でお越しになってもらって、スクエアで「けしてきえないひ」(8)が今年の1月
福田 そうですね
油田 で、観る童話(9)で昨年・今年とお邪魔させて頂いて、
岩崎 観る童話は両方でやってるの?
福田 長崎だけです
油田 なんとか来年から大きくやろうと
岩崎 ほおお
油田 いくつかの都市で、本当に民間拠点同士でやろうと画策してます。
岩崎 いいねえ

「地域は美味しい」

油田 しかし、岩崎さん、長崎は美味しいですよね、食べ物が
岩崎 美味しい!(笑)本当にそういう話になるけどさ
油田 三重もそんなに悪くないと思うんですけど、美味しいですねえ
岩崎 美味しいねえ、魚がさ
油田 種類が全然違いますよね
岩崎 うまい。三重もうまいけど、長崎もうまい。こっち(三重)で食べられない魚が長崎はあるでしょ
油田 あるんですよ
福田 でも、僕もこの間四日市に行った時に、貝!ハマグリとか「こんなでけえの?」って、貝とか長崎ではあんまり食べないので
岩崎 食べないね、そういえば
油田 どうだった?
福田 美味しかった、なんだこりゃって(笑)
岩崎 長崎は砂浜がないから貝を食べないのかも知れないね
福田 ああ、そうかも知れないですね
岩崎 三重はその点、そこら辺掘ったらいくらでも出てきますよ
油田 はいはい
福田 長崎はリアス式海岸だから
岩崎 そう、だから、それぞれ勝手な所に海水浴に行って飛び込む
福田 そうそうそう
油田 だから、長崎は公演をしに行く甲斐がありますよね?
岩崎 ある!(笑)
油田 あの別に三重が悪いとか言うんじゃなくて
岩崎 食べるモノの話もさることながら、人もね、なんかすごく受け入れてくれる感じがねするの。三重はわからない、自分がうまれた所だから。長崎ほど外から来た人を受け入れる地域も珍しい。
福田 そうですねえ、やっぱポルトガル人やオランダ人を受け入れたという(笑)
岩崎 出島があったからなあ
福田 DNAは結構残っていると思いますよ
岩崎 後は幕藩体制の中で天領だったのが大きいよね
福田 ああ、大きいです
岩崎 なんとか藩じゃないから。だから意外と封建的なモノが長崎の町はないというのが何年か行く内に分かってきた感じがする、うん。
三重も伊勢街道があるから外の人には慣れているはずなんですよ。外部の人にはその昔は
油田 そうですね
福田 昨日ワークショップを鈴鹿でやったんですけど・・・・・・
岩崎 鈴鹿でね、僕の生まれ故郷鈴鹿(10)で
福田 その時に同じ人を探して集まるっていう仲間探しをしたら、大人達が手を握って・・・・・・大人ですよ?手を握って集まるんですよ
岩崎 へええ
福田 なんだこりゃと(笑)大人が何も指示していないのに手を握って集まってるって、すごい光景でしたね
岩崎 でも、三重は変わりつつあるんだよ、昔は富良野塾しか観たことない人が多かった。ところが最近うちの親は、三重文に来て、「(ハイバイ)岩井さんの芝居、面白い」って(笑)
福田 へええええ
岩崎 変わりつつあるんだよ。「木ノ下歌舞伎」良かったとか言ってるからさ。変わったよね状況は、うん
福田 鈴鹿では白子高校(11)の目の前のホテルに泊まったんですけど
岩崎 はいはい
福田 ああ、岩崎さんの母校はここだぞ、実家はどこなんだ?ってなって
岩崎 あそこからクルマで10分くらいかな。言ってくだされば母が迎えに行きましたのに(笑)
福田 いやいやいやいや
油田 それはそれで困りますよ(笑)
福田 でも、高校見ながらね、「若き岩崎少年がここに通っていたのか」と思うと不思議な感覚でした。
岩崎 母校です。今は残念ながら演劇部がないんだよね。油田さんは吹奏楽部だったんだよね
油田 中学と高校1年生までは。高校は放送部と掛け持ちで、ビデオつくってました。今もなんで、やってることがあんまり変わらない(笑)
岩崎 演劇は大学からはじめるんだよね
油田 はい
岩崎 福田さんはサッカー?
福田 僕は高校の時から演劇部で中学校がサッカー
岩崎 それで長崎大学で演劇?
福田 そうです。
岩崎 両方が地元の国公立で(演劇を)やってる訳よね

「師匠?岩崎さん」

油田 僕と福田さんがそれぞれ岩崎さんの演出補佐をやってる頃なんですけど、これ福田さんに聞きたいんですけど
福田 はいはい
油田 我々ってやっぱり師匠筋がいないじゃないですか
福田 ああそうですね
油田 演劇界がない訳ですよ、地域に。ないというと語弊があるので、割と年齢が近い方が演劇をやっていないんですよ、地元ではね。そうすると自分たちがやっている演劇というモノがどうやって受け入れてもらえるかという点で「どうすりゃいいんだろう」と、そういう中で岩崎さんと出会って、おつきあいは演出補佐をやる前に三重文さんの戯曲講座からだったんで
岩崎 最初は神戸だったかな
油田 そうです。KAVC(12)の講座で
岩崎 そうだそこで名刺交換させてもらっていう流れがあって、で、三重文の戯曲講座の講師(13)は一緒にやろうよって話になったんだよね
油田 そうなんです。僕は岩崎さんが1人でおやりになるんだろうと思っていたら、「油田さん、君もやんなさい」って言われて、「え?」って
福田 そのパターン、長崎もあります(笑)
岩崎 だって、1人でやると、1人が正しくなっちゃって逃げ場がないじゃない受講生も
福田 ああ
岩崎 例えば、油田さんがけなした作品を、僕が拾うとかさ、もちろん逆もあるわけだし、あのね戯曲講座は2人運営が正しいと思っていて
福田 なるほどなるほど
岩崎 やっぱり頼りになるし、あとは地元の問題は地元の人が一番よくわかるのよ、ものをつくる時に
油田 なるほどねえ
岩崎 だから人じゃないけども、こういうときはこうしないとここではうまくいきませんよというのを、当時2人ともものすごく適切にアドバイスしてくれたんだよね。
長崎でやったときはF’s Company受け入れでね、市民参加劇、(出演者)100人とつくらせてもらったから、ポケットシアターの中は小道具でもう満杯になって・・
福田 岩崎さんがどうしても欲しいと言ったマンモスを作っていたり、深夜までかけて
岩崎 そうそうそう
油田 何?マンモスって
福田 (岩崎さんが)「マンモスが欲しい」って言い出したんです。「マンモスを出したい」と。で、もう一個なんだったかな、もう一個言われたんです
岩崎 (笑)
福田 「でも、岩崎さん、アレ作って、コレ作って、ソレ作ってっていう時間とお金の問題でマンモスと、もう一個のどっちか諦めてください」って言ったら、「マンモスだけは欲しい」(笑)
じゃ、マンモスは作りましょうと。
岩崎 で、ポケットシアター行ったら、巨大なマンモスが居て。そんなことあったねえ。2人は平田オリザさんとも関わりがあるんでしょう?
福田・油田 そうですね
岩崎 福田さんがある時、「戯曲の師匠は平田オリザ、心の師匠は岩崎さん」(笑)
油田 岩崎さん、それ根に持ってます?(笑)前も言ってましたよ(笑)
岩崎 違うんだよ、こうやって録音してるから言ってるんだよ(笑)、根には持ってないです、最近心の中で温かいモノを(笑)拡がりつつあるんだよ
油田:ああ、すいませんすいません(笑)
福田 それの続きがあって、かつて岩崎さんに「僕は演出は岩崎さんから教わりました」って言ったら、「なぜ戯曲じゃないの?」って(笑)
油田 今回の太陽族「トリビュート」の中でも上演される作品の一つで「団地の三人姉妹」というのがあるんですが、それは2016年に津あけぼの座が開館10周年記念ということで、ゴルジ隊の復活公演(14)をやることになって、で、10年だから何をしようかと、こうなったら今までの人脈を使って作品を書いてもらおうとオファー掛けようと。で、一番最初に岩崎さんにお願いしたんですよ。「かくかくしかじかで書いて欲しいんです」とお話ししたら、岩崎さんが、「油田君ね、僕は自分を劇作家だと思ってる」
岩崎 (笑)
油田 「でも、自分に来る仕事は演出が多い。だから書いてくれというのはめちゃくちゃ嬉しい」と。
岩崎 そうそうそうそう
油田 で、なんで僕らも、いの一番に岩崎さんにお願いしたかというと書き上げるのが遅いんじゃないかと。締切を守らないんじゃないかと(笑)
で、結局、平田オリザさん・永山智行さん・横山拓也さん・関戸哲也さんとお願いして、岩崎さんが一番早かったんです。
岩崎 え?そうなの
油田 はい。岩崎さんとオリザさんは、年齢ほぼ同じ?
岩崎 彼の方が一つ上ですかね、現代口語演劇というのに立ち会っている訳だもんね
福田 さっきの電話の一件で、その後油田さんとメールでやりとりしていて、「僕、岩崎さんともおつきあいあるんですけど、オリザさんとも」って送ったら、「僕もです」と(笑)
岩崎 二人が劇場作ってさいろいろと制作的にも切り盛りできているのにさ、それは平田先生のおかげで(笑)
福田 いやいやいやいや
油田 それだけじゃないですよ(笑)
福田 でも、アゴラ(15)が持ってる空間がうらやましくて、自分もいつか小屋を持ちたいというか、なにかできる場所が欲しいって思えたのはアゴラかも知れないですね。
岩崎 でも、三重にしても長崎にしても民間の劇場はないんだよね
油田 そうですね
岩崎 だからおやりにならきゃしようがないんだよ



岩崎 長崎は福田さんの下の世代も頑張ってきているんでしょう?
福田 そうですね、ようやく出てきたというところなんで、そこからまた新しい人達を産むためにも頑張んなきゃいけないし、今居る人達ももっともっとやるために頑張って場所を切り盛りして行くっていうのが大切かなあ
岩崎 新しい劇場のアトリエPentAさ、どんな感じの空間なの?
油田 近くにテレビ長崎があって、坂の上に長崎市立図書館があって
福田 イメージ的には町のど真ん中
油田 ビルの3階だから、うちのスクエアと同じ感じですね
岩崎 次のこの旅は搬入とかあんまりしないつもりなので。宅配便で送ってそれを舞台に飾るとかでいいかなあと
油田 ああ、いいですいいです。この間、このスクエアにJRのコンテナで舞台美術運んで来た人いますから
福田 (笑)
岩崎 どうしたの?それは?
福田 うちの劇団です。
油田 搬入搬出大変でした。あそこ(キャットウォーク部分指して)、高さがあるんで単管外しましたから
岩崎 まあねえ、福田さん立て込みたい人なんですよ(笑)
福田 そうなんですよ
岩崎 そりゃえらい輸送距離ですな
福田 ええ、でも楽しかったですけどね
岩崎 本当にJR貨物で送ったの?
福田 JR貨物で送りました。それが安かったんです。
岩崎 日本の鉄道網すごいね
福田 アゴラもそれで行きましたから
岩崎 え?そうなの?
福田 それが一番安かったんです。
岩崎 全国の劇団の人達この送り方知らないんじゃないの(笑)
油田 JR貨物という方法があるよと

油田 で、話を戻しますけど、岩崎さんのような師匠格というか、演劇のアニキみたいな人っていなかったでしょ?大学の先輩とかはいたけど
福田 そうですね、頼れる先輩劇団がいなかった
油田 だから岩崎さんとあって、夜な夜なお酒など呑んでる時に一番ホッとしたのは、「あ、自分たちがやってることは」
福田 そんなに間違ってない。
油田 そう!、「あ、ちゃんとやってるんだ」ってことってすごい思いませんでした?
福田 うん、それは思った。
油田 ああ、ちゃんとやってるわと
岩崎 いやあ、それはおんなじじゃない(笑)、俳優の芝居に一喜一憂してさ、「マンモスが足りない!」とか思うわけじゃない?おんなじですよ
油田 でも、10歳上の人がおなじことを悩んでるんだというのを見て
福田 そうそうすごく大事
岩崎 それはね、二人に会って、「おんなじだよね」って確認できたし、「あ、おんなじ事に悩んでいるんだな、地域でやってゆくことは」というのも分かったし、それがねギリギリ通じ合える世代なの、二人は。
岩崎 付き合える年齢差なのかも知れない
福田 やっぱ時代もあって、その当時の岩崎さんと出会った15年くらい前の時代に、長崎に居て県外の劇団と出会える状況はなかったと思うんですよ
岩崎 そうかもね
福田 インターネットもまだそんなに発達はしていないし、SNSとか映像とかもないし、それこそ前、20年・25年前になると長崎の本屋さんにあるのは別役実さんと野田秀樹さんの戯曲くらいしかないから、出会える戯曲がそれしかない。
岩崎 三重もそうでしょ?
油田 一緒です。
岩崎 そこに北村想が混じるくらい
油田 そうですね
福田 そんななかでよくわかんないモノを(笑)つくって、「これいいのかな、どうかな」というところで出会えた時のなんか安心感は相当デカかったですよね。
岩崎 それはね僕もそうだよ。「油田さんいた!」「福田さんいた!」って思ったもん、その両方の地域に行ってさ。だからさ僕が長崎にお邪魔した頃の年齢だと思うんだよね、今、福田さんが
福田 すごい偶然な感じはしますけどね。僕が市民参加型演劇の大きなものに初めて関わった奴の次の奴、ブリックホール(16)開館の5年目に岩崎さんが来られて、僕は4年目から関わってて。ほんと、ちょっとずれていたら全然あっていないと思うんですよね
岩崎 そうそう。そこから橋本剛さん(17)というね、うちの劇団の作曲・音楽を全般的に担当しておられる人が
福田 あれもすごい偶然なんですよね
岩崎 あなたの先輩だったんでしょ?
福田 高校の先輩です
岩崎 ね、その人が今、愛知にいるっていうそれも偶然だよね
福田 本当そうですよね


「トリビュート」は三重・長崎をめぐる

岩崎 二人とも劇場を運営されて、一番変わっていないのは僕かも知れないよ。
油田 でも岩崎さん、基本大阪で打つというのと、または地域ですよね、東京とか行かずにいますよね
福田 ちなみに今回の公演、大阪以外は大都市がないですよね
岩崎 ない
福田 東京も福岡も
岩崎 行かないですね
福田 これは何か理由が?
岩崎 なんかねえ劇団内の賛同が得られたんですよ(笑)「三重と長崎行こうか?」って言ったら、「いいね」って誰の反対もなく
福田 へえええ
油田 ありがたいことですけどね
岩崎 今まで劇団員も長崎はやりたっかったんだよね、これまでは市なりが主導で動いてくれないとなかなか難しかったんだけど、ちょっと身軽な感じで芝居をもって長崎と三重に出掛けるというのは、もうみんなすごい賛同だったよ。
「来年どうする?」という話になったときに圧倒的に「行きましょう」という話になって、で、電話したらお二人とも「どうぞどうぞ」って感じだったから。
福田さんところは新しい劇場になるかならないかの時だったから、タイミング的にはすごく良い時にやることになったなと
油田 短篇集なんですよね
岩崎 短篇集。でその中の1本が「団地の三人姉妹」。「団地の三人姉妹」に繋がるように書くつもり。今回ねノンバーバルが1本入るんですよ
福田 おおお
岩崎 一言も喋らないけどビートルズ流れてるというのを
福田 ほおお
岩崎 一個やって、最後に大詰めがある。
福田 最後はレットイットビーみたいな
岩崎 ううん、あのねA Day In The Lifeという曲が
福田 はいはいはいはい
岩崎 予告しておくと日本が消滅する日の話なんです。
福田・油田 (笑)
岩崎 4本のコンセプトは固まっているので。1本はこんな年齢に俺たちなっちゃったけど、バンドやる?やらない?みたいな話があって、団地の話があって、ノンバーバルの奴は予告しない(笑)、構成は今固まって。でもね「団地の三人姉妹」は長野の上田のホテルで、休みだった一日があったんですよ稽古が。その日に朝から夜中までかけて使って書いて、「書けた!」ってなった作品なんです。
福田 大体1本何分くらいなんですか?
岩崎 20分くらい。だから全体で80分を超えないように作ろうと思ってる
油田 今回の公演はうちは節目で、Aゲキシリーズというのをはじめて、40作目が太陽族になるんです。2010年からAゲキシリーズははじまっているんで8年で40本目となりますね
岩崎 すごいね~
福田 アトリエPentAで県外の劇団が単独公演するのは初めてですよ?
岩崎 初なんだ!嬉しいね。やっぱりさ旅公演はなんかさ、劇団員がパリッとするよね
福田 パリッとはしますね
岩崎 目的がはっきりしてるからね、よそ様に見せるからさ
福田 うんうん
油田 緊張するんですかね、普段出会っていないお客様だし、旅公演は朝から晩まで演劇しかないじゃないですか、やることが
福田 追い込まれちゃう
油田 そうそうそうそう。あれ?この人えらい緊張してるじゃんとかありますよね
福田 演出側からみるとね
岩崎 だからね沢山稽古したい方じゃない?で、なんでそんな稽古するかって言ったら、みんな普段仕事持ってる訳だよね、地域の劇団は。せっかく劇場に入れたんだから稽古しようぜって思うわけこっちは職業ではなくプロ意識はあるんだけど、「なんで演劇をやっているのか?」というのは絶えず問われる訳よ、それが旅をやるとすごくはっきりするよね、劇団員の中でね。この3つの劇場回るのがめぐってきたのは良いタイミングだなと思いますね。
福田 劇団員に若い方はいるんですか?
岩崎 若いのはいない。みんな中堅以上になってる。若い人いないんですよ、どうしたら入るかねえ。福田さん所は若い人入ってくるよね
福田 なんかねえ突然やって来たりしますねえ。一番若いのは21歳です
岩崎 若い劇団員が入ると、こちらがまたイチから言わなきゃいけないから良いよね、こちらが。
福田 こちら側の復習になるというか
岩崎 そうそうそうそう
福田 まあでも劇団の中でいろいろとね
油田 いやだから、僕2006年で劇団辞めてるでしょ?そこから劇場運営にシフトし出すんですけども、三重ってまだまだなかなか劇団が出てこないんですね、
で、「あんたがやればいいじゃないか」みたいな話が時々出るんですけど、あの重荷を背負いたくないんですよね(笑)だから岩崎さんにしても、福田さんにしても「よく背負ってるな」と思って。僕は劇団10年目で背負うの辞めたから
岩崎 いやあ、油田さん、人生は長い(笑)
油田 もう一回ですか?
岩崎 うん
油田 いやいや、この間F’s Companyさんの「観る童話」に参加させてもらった時に、福田さん所の一番若い女の子かな、その子が照明でいたんですよ。本来俳優ですよね
福田 はい
油田 で、いろいろと指示をこちらも出して、ああしましょうか、こうしましょうかとやっていて、「あ、これ劇団だからできるんだよなあ」って思って。今、プロデュース公演とかってそういうことはなかなかさせないじゃないですか?俳優として使ってるから、「ごめん、ちょっとオペ手伝って」なんてやらないでしょ?でも、劇団にいてそれをやるから見えることあるじゃないですか?「あ、だから立ち位置は守らなきゃいけないんだ」とか(笑)
福田 だからきっかけセリフを間違えちゃいけないんだとか
油田 「ああ、こういうのってカンパニーでないと学べないのかなあ」と思いまして
岩崎 それはそうだね
油田 そういうの見てると、劇団という七面倒くさいシステムをやっぱりやらなきゃいけないんだろうか?と(笑)

「岩崎さんから影響を受けたこと」

油田 福田さん、岩崎さんから影響受けたことってありますか?
福田 演出でお世話になったんで、お世話になったといっても、岩崎さんから直接聞いたことはないんです(笑)でも、僕なりに岩崎さんを分析して、一番本当に大切だと思ったのは「言葉を持つ」ということだったんですね。
油田 ほおお
福田 誰かに自分が思ってることを伝えるために、15年前の岩崎さんはとにかくすべてを受け入れる「なるほどね、そうなのね」と1回受け入れて、「でもこういう考え方はないかな」っていう提案をして自分の考えを押しつけていく(笑)
「これはうまいな」と思って
油田 ああ、分かる分かる
福田 で、あたかも自分で考えたかのようにやっているというのが
岩崎 役者がね
福田 役者が。演出家としてものすごくうまいなって思って、「これはすごい」っていうのは感じましたね。
油田 「ああ、それって岩崎さんがやりたかったことなんだよなあ、あ、ちゃんと仕向けてる」って
福田 そうそう。すごい学びましたね
岩崎 それは、そうしようと思ってる。特に市民参加はそうだよね
福田 発想が僕とは違ってたから、「そういうやり方もあるんだ」ってすごく勉強になって。当時20代の僕が演出助手という形で長崎チームで先に立ち位置とか決めて、「どうですか?」って岩崎さんに出すと、「いじるところないんだよな」って言われたのが嬉しかった(笑)
岩崎 そうだったそうだった
福田 まだ演出助手が楽しかった頃ですね
岩崎 あとさ、ここは福田くんが力込めて作ったというのがわかるからさ
福田 ああ
岩崎 「これは変えさせないぞ」という圧力も感じるというか、めっちゃ力入れてやってくれている訳でしょ。でも、よくぞあそこまで他所から来た私を受け容れる体制をつくってくれたなって思いますね
福田 市の人も含めてみんな一生懸命でしたもんね。油田さんはどうなんですか?岩崎さんから教わったこと
油田 あの福田さんと似ていて、「あ、やりたいことをやりたいというのはこういうことなんだ」というのは学びました(笑)。やりたいことを通すというのはそういうことなんだと。で、僕は岩崎さんに自分の作った芝居を「節操がありすぎる」って言われる、きっちりやるとか言われる。
岩崎 そうそう
油田 で、僕は岩崎さんのお芝居に「節操がない」ということがあるんです
岩崎 ないない(笑)
油田 だから、「ああ、そう作っても演劇は成立するんだ、できるんだ」というのは岩崎さんからはすごく学ばせてもらったと思います。自分の中では「それでは演劇にならない」と思ってる所があったらから。「あ、できるんだ!」という。

岩崎 ちょっと前、上田市と組んで評伝劇(18)をやった訳ですよ
油田 松井須磨子の
岩崎 松井須磨子。で、それ自分でも頑張ったんだけど、そればっかりやってると肩が凝るじゃない?だから好きなモノを並べるというのも何本かに1本やっておかないとダメ?
福田 アラカルトを食べるみたいな
岩崎 そうそうそうそう、やっぱりね「あれ?もう演劇楽しくなくなる、オレ?」って思う時がある訳よ
福田・油田 あああああ
岩崎 でも、今、どれ食いついたら面白いって思うだろうって言うことをやっておかないとバランスがうまく取れないんだね、その遊べる要素を沢山載っけられそうな感じ。あるでしょ?「オレ、今これを求められてる?」って悩む訳でしょ、作家って。
福田 それに答えなきゃいけないのか?っていう問いを自分の中に考えて、それに答える時もあれば、「もうそろそろ別のモノ食べたいんです」(笑)っていうのありますよね
岩崎 あるある。バランスとってやっていくって大事なんじゃないかなって思う。そうすると油田さん、人生は長いよってやっぱ言いたい(笑)
油田 この間、津あけぼの座の空調が壊れたんです。12年くらい頑張ってくれたんですね、で、新規に取り付けることになって、見積が来たんです。で、山中(19)とそれ見ながら「もういいよ、一番高くていいの付けろ、山中さん、その代わりこの空調壊れた時、あけぼの座やめようって」(笑)
岩崎 そうかあ
油田 空調とともに劇場を終えるという(笑)


地域でつくる・つながること

太陽族・岸部 今回、旅公演をするコンセプトで大きい所は、地域の表現者の交流、3人とも地域でやってるじゃないですか?なぜそうなのかということと今後どうなっていきたいか?ということをお聞かせ頂きたいんですけど
岩崎 大阪はねえ、公共ホールが演劇に力を注いでないんですよ。だから民間の劇場がいくつもあって頑張っているという状況があるよね。今、我々の劇団は公演を打つとなると、ウイングフィールドか、兵庫県伊丹市の劇場になる。アイホール、こっち公共。民間でやるなら大阪のウイングフィールドってなるんです。
三重もそうだよね、三重文もやっていてあけぼの座・スクエアもあってという、この両方があるというのが強い。長崎もおんなじだと思うんだよ。ブリックホールがあって。でも、民間がないのもなにかしら片方何かが落ちてしまっている感覚はあるよね、そこじゃないのかなって思うのね。
公共でつくるものと違う表現が民間はできるんだぞっていうのが僕は根本的にはあるような気がして、ウイングフィールドでやる時は福本さんとも言っているんだけど公共ではつくれないもの、つまり自分が実験したいとかそういう精神が残っているとしたらそれは民間でやればいいじゃないか、公共ではハッキリ自分が成果出さなきゃいけないっていう考え方があって。
あとは「なんで地域か?」ってよく東京で問われるんだけど、だって「自分がそこに居住しているんだからそれでいいじゃない」(笑)
福田 そうですね
岩崎 そこであって何が悪いの?って、それは東京の人の問いが「なぜ東京に来ないんですか?」に聞こえるんですよね。そうじゃないオレはここに住んでいるんだからここで演劇をやりたいんだよというのは何も間違っていない気がする。
福田 東京に一年だけ住んだから、「ここはムリだ」って思って帰ろうとなって、帰って続いているということは、僕は長崎という町が住む上で最高の場所だと自分では思っているからここにいる訳で、で、状況的にも地域の劇団が外に出やすい状況にどんどんどんどん変わって来たというのもあるんですけど、じゃあもう住むところはここでいいじゃんと思っているからここに住んでいるっていう感覚はありますね
岩崎 だから演劇やるから東京に出ますっていうのは、もう少し若い世代が体験すりゃ良いわけだけど、それが日本の文化状況だったというのはそれはいびつだと思うんだよね
福田 作品として面白いモノをつくろうと思ったらつくれるし、持って行こうと思ったら持って行けるしという時代なので、自分が創作活動しやすい空間で創作をしていくっていうことで出来てきたお客さんが地域の劇団を迎え入れるっていうシステムができれば素敵なことなんじゃないかなって思うんですけども
油田 三重は、鳴海さん(20)がなぜ東京から来たのかという問いに「消費される文化じゃないところでやりたかったから三重に来た」とか答えることがあるんですけど、つくることやってることは同じなんですよね、長崎であろうと三重であろうと大阪であろうと東京であろうと、稽古をして作品をつくるっていうのはどこでも変わらないんだなっていうのは、僕は三重にいるアイデンティティーになったんですね。じゃあ三重でやればいいやと、ここで作り続ければいいやと。ただ、当時は流通というか交流がなかったから、今、ようやく多くのカンパニーがお越し頂けるようになって、しかも福田さんが新しい小屋作ったみたいに拠点も段々増えてきましたから。地域拠点がようやく出来てきたので、それがどう一つの渦をつくっていくかというのが大きいと思いますね。なので、今回の岩崎さん・太陽族がツアーするというのが本当ようこそお越し下さいましたですし、これからもよろしくお願いしますだと。
岩崎 これからもよろしくお願いしますですよ


(撮影:オモタニカオリ 9月9日三重・四天王寺スクエア)

劇団太陽族
「ト リ ビ ュ ー ト」
~4つの楽曲から着想する短篇集~
作・演出 岩崎正裕

出演
森本研典 岸部孝子 篠原裕紀子 佐々木淳子 中西由宇佳 韓寿恵
三田村啓示

【大阪公演】ウイングフィールド
10月25日(木)・10月26日(金) 19:30
10月27日(土) 13:30/17:30
10月28日(日) 15:30

【三重公演】四天王寺スクエア AゲキシリーズVol.40
11月10日(土) 19:00
11月11日(日) 14:00

【長崎公演】アトリエPentA
12月8日(土) 19:00
12月9日(日) 14:00

料金全席自由席・日時指定
一般前売 3,000円 一般当日 3,300円
U-22前売 2,000円(当日要証明書) U-22当日 2,300円
ペア割引 5,000円(予約・前売のみ)
※ペア割引チケットは1ペア2名様での割引チケットです。
※U‐22チケットは、公演日当日22歳以下の方への割引チケットです。年齢のわかる証明書をチケット購入時・入場時にご提示いただきます。

チケット予約
大阪公演 https://www.quartet-online.net/ticket/tribute

三重公演 https://www.quartet-online.net/ticket/tributemie

長崎公演 https://www.quartet-online.net/ticket/trisaki

お問い合わせ
劇団太陽族 電話&FAX 06-4801-4724
taiyozoku@osaka.email.ne.jp

岩崎正裕(いわさき・まさひろ)

三重県鈴鹿市生まれ。1982年大阪芸術大学舞台芸術学科の学生で「劇団大阪太陽族」を結成し、演劇活動を始める。1990年に199Q 太陽族と改名、2001年から現在の名前で活動。1995年にオウム真理教事件を題材にした『ここからは遠い国』でOMS戯曲賞受賞。社会で起こる事件や現象をモチーフに、現代人のもつ閉塞感とわい雑な人間関係を描いた作品に定評がある。高校生などを対象にした劇作や演出のワークショップ指導者としても活躍し、北九州芸術劇場、長崎ブリックホールなど全国の公立ホールで市民参加劇を発表している。2008年から伊丹アイホール・シアター・ディレクター。
劇団太陽族ホームページ

福田修志(ふくだ・しゅうじ)

長崎県長崎市生まれ。長崎大学教育学部卒。1997年、大学4年時にF's Companyを旗揚げ。1年間の東京での演劇生活の後、長崎に帰郷。以後、F's Company代表として劇作・演出を務める。現代社会の中に潜む人間の弱さを寓話化して描く作風が特徴で、今の長崎が抱える地域性や社会性を描く作品が多い。長崎市主催の市民参加型舞台にも深く関わり、九州圏内の学校や地域での演劇ワークショップの講師や外部脚本の執筆、地元TVやラジオのCM出演なども行っている。
F's Companyホームページ

油田晃(ゆだ・あきら)

三重県松阪市生まれ。1995年、三重大学演劇部のOB・OGを中心にゴルジ隊を旗揚げ。2005年の解散までに全17公演の劇作・演出を担当する。2006年津市に民間劇場・津あけぼの座をオープン、2012年四天王寺スクエアをオープン。現在、2館の劇場を運営を行っている。また、ワークショップデザイナーとして、2009年にワークショップデザイナー育成プログラム(大阪大学1期)を受講。三重県内や大学などで演劇を使った授業やコミュニケーションワークショップを展開。三重大学・神戸学院大学 非常勤講師
津あけぼの座ホームページ

(1)「マチクイの諷」
F's Companyの代表作の一つ。2006年に「マチクイの詩」として上演、
改訂を行いながら各地で上演を行っている。


(2)三重県文化会館の松浦さん
三重県文化会館 事業課長・松浦茂之さん。
全国の優れた演劇作品を自分から探し出し、三重県に招聘する。
三重県文化会館ホームページ

(3)長久手の劇王 
(4)あと一歩で金メダル
日本劇作家協会東海支部プロデュースにより2003年から開催されてきた短編演劇の大会。
2013年2月に開かれた「劇王X~天下統一大会」では、に於いては、各地の予選を勝ち抜いた北海道から九州までの劇作家たちが登場。福田さんは九州代表として決勝まで進んだ。

(5)ポケットシアター
宝町ポケットシアター。F‘sCompanyの拠点として長崎市宝町にあった劇場。2018年に閉鎖。

(6)安部公房「人間そっくり」のリーディング公演
津あけぼの座が京都のこのしたやみと安部公房「人間そっくり」のリーディング公演を製作。全国各地で上演を行い、2015年に長崎公演を行った。

(7)M-PAD
「おいしくてあたらしい料理と演劇のたのしみかた」として、毎年11月に三重県内の飲食店でリーディング公演を行う企画。油田さんの特定非営利活動法人パフォーマンスアーツネットワークみえと、三重県文化会館が共同主催して、今年で8年目の開催となる。
M-PADホームページ

(8)「けしてきえないひ」
F's Companyの上演作品。2005年2月初演。2012年の再演を経て、2018年1月に三重・四天王寺スクエアで上演。

(9)観る童話
子供も大人も夢中になる童話の世界を『演劇』で楽しむ 全国で活躍する劇団が描く『ちょっぴり大人な』童話劇。F‘sCompanyが企画運営を行い、2017年秋、2018年8月に全国から幾つかの劇団を招聘して上演。油田さん率いる「あうんの会」は2回登場している。2019年1月にも上演予定
「観る童話」紹介ページ

















































(10)生まれ故郷鈴鹿
岩崎さんは、三重県鈴鹿市出身

















(11)白子高校
三重県立白子高校。岩崎さんの母校。















































































(12)KAVC
神戸アートビレッジセンター
神戸アートビレッジセンターホームページ

(13)戯曲講座の講師
三重県文化会館主催の戯曲講座「三重県戯曲塾」。2003年から2005年にかけて岩崎正裕さんが講師を務め、2年目から油田さんも講師となった。






























































(14)ゴルジ隊の復活公演
2016年に津あけぼの座開館10周年記念として、油田さんの劇団ゴルジ隊が復活公演を開催。短篇集を劇作家たちに書き下ろしてもらい上演を行った。その1作が今回のトリビュートでも上演される岩崎さんの「団地の三人姉妹」。



























(15)アゴラ
こまばアゴラ劇場
こまばアゴラ劇場ホームページ

































































































































































































(16)ブリックホール
長崎ブリックホール
長崎ブリックホールホームページ

(17)橋本剛
作曲家・愛知教育大学准教授。演劇作品などの作曲で知られる。F’s Companyのほか、劇団太陽族などでも作曲を手掛ける。

































































































































































































































































































































(18)上田市と組んで評伝劇
2018年3月に長野県のサントミューゼ上田市交流文化芸術センターで女優・松井須磨子を題材に劇団太陽族「Sumako~或新劇女優探索記~」を初演。6月に伊丹アイホールでも上演された。























(19)山中
津あけぼの座・四天王寺スクエアのテクニカルディレクターである山中秀一さん









































































































(20)鳴海さん
第七劇場主宰・テアトル=ドゥ=ベルヴィル芸術監督の鳴海康平さん。鳴海さんらは2014年より東京から三重県津市美里町に移住。テアトル=ドゥ=ベルヴィルは美里町にある劇場
第七劇場ホームページ